アダルトチルドレンな自分と家族の関係

2016年9月12日月曜日 アダルトチルドレン 家族 自分

人は成長する過程で、ある期間親からの愛をもっと十分に受けたいという願いを持ちながらも親がそれに応えない姿勢のため親の愛を受けるために様々に自分の人格や行動を変えながら生抜こうとします。それがその人の個性の大部分を案外作り出しているのかもしれませんね。しかしながら自分の中のどこかに潜む愛の不足からくる「寂しさ」や「孤独感」が強いためにどうしても今まで色々と変化を遂げてながらそれを回避してきた「わたし」がそれと向き合わなければならない時がやってきた時に「生き難さ」が自分の中に生じてくるのだろうと思います。

前回アダルトチルドレンについて取り上げましたが、もう少し分かりやすい特徴を取り上げてみました。

心理的特徴

自分には積み重ねてきたものが何もないという不安や焦りから、眠れなくなる事がある。
本当のことを言っても問題がない場合に、嘘をついたり、本音とは別なことを言ったりする事がある。
1つのことをやり遂げるのが苦手で、何をやっても長続きしないという事がある。
小さなことを決めるにも人に相談しないといられない。大事なことを決めるときにも誰かの意見に左右されてしまう事がある。
完全に自分を理解してくれるという実感が持てないと、その人を友達とは認められない事がある。
必要以上に人の面倒をみたり、無理に仕事を引き受けたりと、自分がトラブルを背負い込むものを選んでしまう事がある。
本当は不本意であっても、自分の感情は抑えて、誰かの世話を焼いてしまう事がある。
当然断ってもいいときでさえ、「NO」が言えず、それが心の負担になってしまう事がある。
仕事や課題を完璧に仕上げるため、自分の健康を損なうほどがんばってしまう事がある。
他人と親密な関係になるのが苦手で、相手が自分を嫌っていないか不安に思う事がある。
他人に拒絶されるのが怖くて、自分から先に人との関係を切ってしまう事がある。
ACの家族関係の特徴

親がお酒を飲んで荒れたり暴れたりしたために、家族が辛い思いをしたことがある。
飲酒に問題のある親が、お酒を飲むのを止めようとした事がある。
あなたが話しかけたとき、親が冷淡な返事をしたり、無視したりし、まともに取り合ってくれなかったと感じた事がある。
親は学歴や収入や社会的な地位ばかりで人を判断し、そのことをあなたが嫌だと感じた事がある。
親が兄弟姉妹の中で、あなただけを差別したために、悲しい思いをしたことがある。
両親が不仲、あるいは嫁姑の確執など、家族の中に緊張関係があり、常にピリピリとした雰囲気があった。
他人に話してはいけない秘密が家族にあったために、気持ちが重くなることがあった。
家族そろって食卓を囲み、その日の出来事を語った記憶はほとんどない、ということがあった。
親から身体的虐待(たたかれたり、つねられたり)を受けた事がある。
親から嘲られたり否定されたことがある。


心理的特徴にいくつかの項目が当てはまるけれども家族的特徴に当てはまるものが1つもない場合はACではないそうです。 また逆に心理的特徴には当てはまらないけれども家族的特徴に当てはまる場合は、今は問題がないけれども心の脆さを抱えている場合があるので将来的に心理的問題が表れる可能性を持っているということになります。 両方に当てはまるものがあれば(これは当てはまる数が多ければその傾向は強いということになりますが)可能性があるということになります。

わたしも、家族の特徴には当てはまるものがいくつかあり、表面化はしていないものの、問題を自分の心の中に抱えているなあと感じています。

つぎにアドルとチルドレンがよく家族の中で演じる役割についてとりあげます。

○家族ヒーロー

家族の中の問題を隠すために、学業やスポーツなどで優秀な成績を修め、まわりの脚光を浴びる子供だった人をさす。一見すると華やかな存在だが、「取り柄がなければ、親から愛されない」という意識があり、どんなに優秀な成果を修めても、自信がもてない。

○世話役

常に周囲の面倒を見たり、問題を表面化せぬように仲介を買って出る。自分の感情を犠牲にして、まわりの人のために動く心理のうらには自信のなさがある。世話役を担った彼らは、青年期を過ぎても自分のために生きられないケースが見られる。兄弟姉妹の中で一番上の人がなりやすい。

○犠牲者

自分から進んで家族の犠牲になっていくタイプの子供だった人をさす。自分だけが犠牲になることで、家族の問題をどうにかして解決しようとする。「世話役」とにているが、世話役よりも、さらに自己犠牲の度合いが強い。

○いなくなった人

子供時代に、自分が目立たないことで、家族の人間関係の中で傷つかないように振舞ってきた人をさす。いるのか、いないのか、わからない態度に特徴があり、重症になると自殺に至ることもある。精神が未熟なので自立しづらい。

○問題児

自分が問題を起こすことによって、家族の抱える問題を目立たなくさせる子供だった人。家族ヒーローの逆。青年期を過ぎると、アルコール依存症や薬物依存症といった問題行動をとったり、早すぎた結婚や出産をしやすいという傾向があるといわれている。

○道化

家族の中の緊張した空気を解きほぐすために、わざとおどけたりして、ピエロのように振舞う子供だった人。軽はずみで、ドジばかりして人に笑われたりしますが、本人はこの役割に疲れていることも。そうすることによって家族内での葛藤を減少させる。

○パパの王女様

父親に気に入られようとする子供だった人。父親に愛されるためには、自分の欲求や感情を無意識のうちに抑えることもあり、青年期に達しても、自己が確立できない。成熟拒否の傾向が見られる。男の子の場合は、母親に愛され続けようとする「ママの王子様」となる。


たしかにこの役割を果たすぴったりの人たちが過去の自分の身の回りに何人かいたなあというのを思い出します。実際にはこの役割を複数受け持つ場合もあると思いますが、私はどちらかというとヒーロータイプに近かったかなと思ったりします。 べつに私はACだとかそうでないとか、そこにこだわらなくとも(こだわることに意味があるのでしょうか)、冒頭で述べたように私達は自分自身をどうしても変化させなければならない時、多かれ少なかれここであげられるような役割を演じるのだろうなと思います。



「アダルトチルドレン」という言葉はなかなか取り扱いに困るのだろうと思います。「わたしはアダルトチルドレン」「あなたはもしかしたらアダルトチルドレン」などと境界線を引いて人を区別しようとするような発想になりやすいからです。私が推測するに「アダルトチルドレン」は自己申告制ですよ〜、というのがもともとの発想だったのでしょうが、当人が中々気がつかないで苦しんでいるのために、その手の専門家達が気がついて欲しいという優しい心でヒントを出していたものがいつの間にか他者を判定するような方向性へと転換しまったのかもしれませんね。

深刻な状況の人は、「愛」というものの感性に鈍感になり、年齢ともに柔軟性すら失ってしまってどんなにヒントを出そうとも気がつかずにいつまでたっても自分の問題にたどり着けないでいるというのが実状であり、「アダルトチルドレン」は自己申告制、というものに矛盾も感じたりします。

医学では「境界性人格障害」(通称ボーダーライン)という言葉もあるようなのであまりにも生活に支障をきたすような深刻な問題を抱えている場合は、専門家に相談する事が必要だと思います。そして「アダルトチルドレン」という言葉で人を区別するのではなく、私は「まだまだ成長する可能性を持った自分」という信念の下でそれを自分自身に向けるものだと思います。

私自身も自分を振り返って考えてみれば、家庭の中での暴力、兄弟間の比較、過度の家庭の中での禁止事項、そして母親のスキンシップの愛の不足、自分の中の怒りの蓄積といろいろと問題があったわけですが、それでも当時はそれが問題であるとは全く思いもよらなかったわけです。 幸いにしてスポーツの団体競技で相手を信頼するという世界の中で育ったために、症状が比較的軽いのかもしれません。

しかし、人間関係の中でもまれていくと、なぜかわからない「生きづらさ」というものも生じてきたりします。 これが人によっては「息苦しい」と感じているのにそれを無理していたり、それから避けて引きこもったりしている状態もあることでしょう。 そこまで行かなくても各個人において、本当の自分を出すことができず、なんらかの「生きにくさ」や「無理をしている自分」というものがあるのではないでしょうか。

あるときには自分の現在の姿をどうしても受け入れる事ができなかったり、無感情になって自分に蓋をしたり、自分のことを考えないように努めたり、周りのことばかりをできるだけ考えて動いてみたり・・・

今の「自分」というものは、今まで置かれてきた悲惨な環境のなかで生き延びるために、しっかりと自分を守るためにいろいろと自分を変化させてきたその結果であり、だれもそれを責める権利はないということです。 それはどんな人であっても、もしそのような立場におかれれば、そういう道をとらなければ生き延びる事ができなかったわけであり、今の状態になってしまったことに対してはなにも悪いことはなかったということですよね。「サバイバー」という言葉でACを言い換えることもできるそうです。よくぞここまで苦難を乗り越え生き残った、と自分を褒める言葉なのでしょうね。(注:この文は犯罪も容認しかねない意味合いに取られる可能性がありますが、決してそれを容認する立場ではありません。それを考え始めたら深みにはまる可能性あり。)

最近はよく言われることですが、今の「あるがままの自分」をまず受け入れること、これが一番初めに必要だと思います。「ダメ」なら「ダメ」でいいのだというひらきなおりですよね。

私も「優等生ぶり」「いい子ぶり」「人前で無理によく見せよう」とすることなどをしないというところから始めました。 無理している自分に気がつき、まず力を抜くことからじゃないかと思います。それが回りの期待や要求にそぐわないとしても、それは全く自分の魂の成長については関係のないことではないでしょうか。 自分がその期待や要求に答えず、回りが失望したところでそれはどうということは全くないと思います。その相手が自分の人生の問題についてどこまで関心を持ち責任感じているのでしょうか。そのようなものはほとんど皆無ですよね。(宗教的なセンスの場合を除く。人は時によっては不思議な意味合いを感じて行動したり言葉を掛けたりするものです。)

私は力を抜いて回りの期待に要求や期待に応えない「不良」に一度なってみようと思いました。自分のために。自分の心の中で「人のためにやりたい」という欲望がわいてきたならやればいいだけのことだと思います。 繰り返して言っている事なのですが、「自分の人生は自分のもの」ではないでしょうか。
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書いてる人

現代人の恋愛事情に根ざしているものは、国と時代を超えて語り継がれてきた古典的な恋愛論だと思います。
学生時代は心理学を含めて学術的に恋愛を分析する機会が多かったと思います。こんな私も結婚して既婚者となりました。結婚する前にすべき思考が暗礁に乗り上げるように恋愛論、結婚論について書き進めています。純でガチガチの恋愛ブログです。

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